2018年8月27日月曜日

ナイル川クルーズとエジプト満喫(その5:ルクソール西岸観光) 

ルクソール観光2日目。本日はルクソール西岸を回ります。朝食は何と通常のビュッフェコーナーに加えて日本人ツアーグループには和食が提供されました。これが意外や意外のおいしさ。ほとんどだしの素味ということは否定できませんが、今朝は、きゅうりと人参の塩もみ、茄子の味噌炒め、だし巻き卵、サバの塩焼き、ご飯とお味噌汁が出てきました。


クルーズ船で20年間も和食を作り続けている和食専門のシェフが作って下さったそうです。


 その後クルーズ船のすぐ脇からモーターボートに乗って西岸に移ります。


西岸は乾いた山です。古代エジプトの人々にとって太陽の沈む西側は死者の町だったとのこと。

新王国時代の王たちの岩窟墓、「王家の谷」を観光。




こちらが王家の谷の模型です。山の奥深くまで掘られていたことがよく分かります。


日本政府の支援も入っています。エジプト(いや世界の!)の歴史遺産を保存するという意義はもちろんのこと、観光客にとっても展示の見易さや便利さで大貢献。またこれだけ多くの観光客が訪れる場所ですから、各国に日本の支援がアピールできるし、訪れる日本人も自分たちの税金がこのような遺産の保存に貢献していると実際に感じることができるなど色々な効果がある意義のある支援だと感じました。

入り口からこのような乗り物でお墓の近くまで移動します。

ここに最初にお墓を作ったトトメス1世(紀元前1524-1518年もしくは紀元前1506-1493年)がこの土地を選んだのはこの写真の正面に見える山がピラミッド型であったからだといわれています。 古代エジプトの人々は、死後もこの世と同じ生活が続くと考えており、生前から熱心にお墓の準備を行っていたそうです。王は王位に就いたら、来世の宮殿として自分のお墓を選んだそうです。お墓は職人によって造られました。職人は穴あけ職人とレリーフ職人がいたそうです。職人たちは王家の谷の近くに住み、8日間働いて2日間休んでいました。お休みの日には自分のお墓を作っていたそうです。給料をちゃんともらっていたので、奴隷ではなかったとか。


ここからはかの有名なツタンカーメンのお墓も含め63のお墓が見つかっています。ここにあるほとんどのお墓は墓泥棒の被害に遭い、中からは壁の装飾以外ほとんど何も見つかっていませんが、ツタンカーメンのお墓はあまり目立ったお墓でなかったため、ほぼ手つかずの状態で1922年、英国人考古学者ハワード・カーター氏により発見されました(2005年に行われた調査でカーター氏もミイラを故意に損傷させ、装飾品を盗んでいたことが判明したそうです・・・)。このお墓にはツタンカーメンのミイラと石の棺が保存されています。この時発見された装飾品や黄金のマスクはカイロ博物館に保存されています。

入場料は200エジプトポンド(約1,400円)



 こちらが発見された時の写真です。


黄金のマスク。

エジプト史では無名なツタンカーメンのお墓でもカイロ博物館の2階の展示場を埋め尽くすお宝の数々が見つかったことを考えると、他の偉業を成し遂げた王たちのお墓はいかばありであったのかとただただそのゴージャスさに想像を膨らませるばかりです。
王家の谷にある様々なお墓の中から盗まれたのは装飾品のみではありません。ミイラも盗まれたそうです・・・。ミイラは万能薬と信じられていたことからだそうですが・・・。

お墓の中は外見とは裏腹にとてもカラフルです。漆喰の上に神さまのレリーフや日常生活など様々な図柄が描かれています。

 【ラメセス4世の墓】












【ラメセス9世の墓】




【メレンプタハの墓】

ミイラ造りの神様、ジャッカル。

続いてバスに乗ってハトシェプスト女王葬祭殿へ。エジプト初の女王ハトシェプスト(紀元前1479頃-1458頃)は、トトメス1世の娘で、夫のトトメス2世の死後、息子のトトメス3世の摂政となりましたが、神官に貢ぎ、自ら王位に就きます。公的な場では男装し、付け髭をつけていたとも言われます。




ハトシェプスト女王は自らを王にしてくれた神への感謝を表すために、ソマリアから牛と交換で香木を入手したといわれており、そのような交易のレリーフを葬祭殿の中に見ることができます。

男装したハトシェプスト女王。


その後はメムノンの巨像へ。高さ20メートルの巨大な像です。アメンホテプ3世の像です。ローマ時代に起きた地震によって入ったヒビから温度差によって悲鳴のような音が聞こえていたそうです。




続いてはオプショナルツアーで王妃の谷にあるネフェルタリの墓へ。

ネフェルタリの墓は保存状態がとても良く、中ははっきりした色で壁絵が残っています。その希少性から入場客を制限しており、入場も10分間のみの限定です。入場料は何と1,000ポンド(7,000円!!)。





 写真撮影は禁止ですが、これは多額の出費をしても入る価値のあるお墓でした。以下はNational Geographic の本から拝借した写真の一部。








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